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Album

 2004
奄美諸島への旅(7〜8月)

・名瀬市にて
・請島にて
・与路島にて
・加計呂麻島にて
・国直にて
・再び名瀬市にて
・旅を終えて

奄美諸島への旅(2004年7〜8月)

請島にて(3)


■南の島のやさしさ

 さて、前に奄美の島(シマ)で育まれた共同体のことを書いたが、この請島でそのことを強く実感した。この島では、道ですれ違う人みんな挨拶を欠かさない。「お暑いですね〜」「こんにちは〜」、お年寄りが多い過疎の島ではあるけれど、みんな人懐っこい。観光客が珍しいのか、私を見る目が珍しいものを見るような感じもあるが、基本的には観光客にとても優しい。奄美本島も人に優しいところだと感じたが、離島はそれ以上である。この池地にあるたったひとつの商店に入ってお茶を買おうとしたところ、見ず知らずの私にカルピスと超高級果実であるマンゴーをご馳走してくれるようなところなのだ。どう考えても、私が買ったものよりも、頂いたマンゴーのほうが値が張りそうなのである。


この旅の間、美しい月が夜空を彩った

■島の明日は

 このような島の将来はどうなのだろうか。これからも、こんなシマが残っていてほしいと願うのだが、出会ったおばぁは、私にこう話をした。「若いうちは都会で働くのがいいよ。この島は何もないし。でも仕事をやめて歳をとったら、島は良いところさ。暖かいし、ゆっくりしているし。でも体が悪くなったら医者もいないし、台風が来ると船が止まるし、島にはいられないね」、そして「この島に最後に残るのは誰なんだろうって、そう考えることがあるよ・・・」。私は何て言って良いかわからず、意味もなくただうなずくしかなかった。南の島は、癒しの空気を持っている。都会暮らしに疲れた人にとって抗しがたい魅力がある。しかし島で暮らすということは、同時にその厳しさも伴っているのだ。


奄美諸島の墓はほとんど日本式。立派なデイゴの木が墓を見守る。

■与路島へ

 翌30日も快晴。この日も桟橋とクンマ浜を散歩しておしまい。夕刻、民宿の次男の運転する軽自動車に乗せられて港の桟橋に向かう。船が到着する時間が近づくと、いつの間にか乗船券を売るおばぁが現れた。船で届くものを待ちわびる人たちが集まってくる。この島を繋ぐ交通手段は、この「せとなみ」だけなのだ。昨日のウミガメはまだ港にいる。私はウミガメに見送られ、2泊3日した請島をあとにして、次なる与路島に向かった。


船が到着する時間には、多くの島人が桟橋に集まる。
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